HRT について

性別適合ホルモン療法(GAHT)、又はトランスジェンダーホルモン療法(HRT) は、性同一性障害・性別不合(Gender Incongurence)を抱える人の身体的性別とは反対の性ホルモンを投与することで、身体的特徴を本来の性(性の自己意識)に近づける治療1 2。ホルモン療法は必要ではないが、自己意識に一致する性別での社会生活を容易にするとともに、身体の性の不一致による苦悩を軽減する効果が認められている。

臨床試験において、医師の指導によるGAHTの安全性は認められている3。国際連合機関・人権高等弁務官事務所(OHCHR)の提案した「UN Free & Equal」(国連自由・平等行動企画)及び「The Yogyakarta Principles」(ジョグジャカルタ原則)において、性別適合の医学的対処、及びGI当事者の人権の保障が推奨されている。

身体的治療には、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」に基づきホルモン療法を行う。

トランスジェンダー女性(MtF)に対し、エストロゲン製剤(特にエストラジオール)、抗アンドロゲン剤などを投与する1 2。投与形態は注射剤、経口剤、添付薬などがある。

重要な基本的注意

  • ホルモン療法の目的又は効果を十分に理解すること。 ホルモンは魔法ではない。 身体的変化は、精神的改善と比較して低下することがある。
  • ホルモン製剤は、予想される効果を維持し、必要最小限に使用すること
  • 通常、抗アンドロゲン剤による単剤療法を開始し、一ヶ月間に続き、今後このような治療を希望するかを冷静に決定すること。
  • 使用前、身体機能の検査を行い、疾患を確定すること。使用開始後は定期的に身体機能の検査(肝機能、腎機能、血液検査、血清中電解質、副作用などを含む)を行うこと。
  • 性機能を損害させる恐れがあるので、生育希望の場合、ホルモン使用前に精子凍結・保全を行うこと4
  • ホルモン使用開始後一年間、3ヶ月毎に血中ホルモン濃度を確認し、測定結果と身体的反応により投与量を増減すること2
  • 適切な投与量を認めた場合、一年毎にホルモン濃度など検査を行うこと1 2
  • ホルモンの投与量は、使用開始後段階的に増量し、中止時に漸減すること。
  • ホルモン投与期間、タバコを吸わず、お酒を控え、適切な運動をすること。
  • ホルモンとその他の医薬品を併用する場合には、医師・薬剤師等に相談し、指示に従うこと。詳細はこちら

エストロゲン製剤について

エストロゲン(Estrogen)は、エストロン(Estrone/E1)、エストラジオール(Estradiol/E2)、エストリオール(Estriol/E3)の3種類からなり、ステロイドホルモンの一種。一般に卵胞ホルモン、女性ホルモンと呼ばれる。その中でも、エストラジオールは、女性の卵巣から分泌され、最も強い生理活性を持つ卵胞ホルモンの代表的なものであり、MtF に対する GAHT には主に投与される薬剤である5

現在行われるホルモン濃度基準、成年・閉経前女性において、血中エストラジオール濃度は平均約 100 pg/mL である。発表された性同一性障害診断・治療ガイドラインについては、MtF において、血中エストラジオールはほぼ一定の濃度(100〜200 pg/mL)を維持することが推奨されている1 2
また、エストロゲンを投与し、性別適合手術(精巣摘出術)が行われていない場合、抗アンドロゲン剤1種類の併用が必要である。ただし、大量投与されるエストロゲン(例えば、吉草酸エストラジオール注射剤)は、抗アンドロゲン剤を併用せず、血中テストステロン濃度を低下させることが認められている。その効果を起こしたエストラジオール濃度は約 200 pg/mL 以上であった。

思春期の MtF においては、ホルモン濃度基準が成年より低いので、エストロゲンの投与量は少なくなれる。また、男性として二次性徴の進行を抑制するため、GnRHa、あるいはプロゲスチン(黄体ホルモン類似物)も使用できる5

投与形態

  • 経口剤:吉草酸エストラジオール錠(プロギノバ)、エストラジオール錠(エストロフェム)
  • 注射剤:プロギノン・デポー筋注など
  • 外用薬:貼付用テープ(エストラーナテープ)、塗布用ジェル(オエストロジェル)

血中エストラジオール濃度の検査結果により、吉草酸エストラジオール錠の投与群では、エストラジオール錠の投与群と比較して 25% 低くなるので、できるまでエストラジオール錠の使用を推奨すること6

エストロゲン単独の生理的基準を超えた量は、血中テストステロン濃度を低下させるが、その他の効果が上がらないばかりか、血栓症など副作用の危険性を増大させる恐れがある1 7 8。なお、注射剤により、血中エストラジオール濃度が大きな変動にさせ、予想外の副作用も起こす恐れがある。

この場合、注射剤(安息香酸エストラジオールを除く)、或いは貼付用テープ2枚以上の投与を推奨すること5 9 10。生物学的利用率が低いので、経口剤、及び塗布用ジェルはこのために投与しないこと5 9。詳細はこちら

MtF に対するエストロゲンの効果 1 5

  • 乳房の発達、乳腺組織の増大
  • 皮脂の分泌量が低下し、皮膚がきめ細やかになる
  • 女性形への体脂肪分布の変化(骨盤周囲への体脂肪の沈着)
  • 体毛の変化(髭や体毛が減少し、爪、髪、体毛が柔らかくなる)
  • 頭髪の増加、ハゲの改善
  • 筋肉量の減少
  • 精巣の萎縮、造精機能喪失、性欲の減退
  • 血中テストステロン濃度を低下させる(高いエストラジオール濃度のみ)

エストロゲンに関する一般的注意

医薬品を使用する場合、必ず医師や薬剤師の指示に従って下さい。
  • 性別適合手術(SRS)が行われた場合、抗アンドロゲン剤の投与中止は可能である。ただし、Hot flush、発汗や骨粗鬆症などの可能性を考慮し、生涯にわたってエストラジオールの投与を継続するべきである11 12
  • 動物試験の結果、エストロゲンが、視床下部・脳下垂体・性腺の機能を抑制し、精原細胞・精母細胞を減少させ、性機能を一部低下させるとの報告がある13 14
    精巣を有する男性において、エストロゲンの長期的投与が性機能を低下させるとの報告がある15
    MtF を対象とした臨床試験の結果、ホルモン療法を中止した3〜6ヶ月後、造精機能の全般改善度が約 24% であり、精子の量の中位数がホルモンを投与しなかった男性と比較して低くなるとの報告がある。また、ホルモン療法を継続した MtF において、精子の量がホルモンを投与しなかった男性と比較して 95% 以上低くなるとの報告がある4 16
  • 経口エストロゲン剤(特に合成製剤)は血栓症の危険性を高くなる2 7。合成エストロゲン製剤は GAHT に投与しないこと。下記は販売されている合成製剤:
    • 結合型エストロゲン(CEE)
    • エチニルエストラジオール(EE)
  • エストロゲン製剤とゲスタゲン(黄体ホルモン)製剤を長期併用した場合、乳癌になる危険性が高くなり、その危険性は併用期間が長期になるに従って高くなるとの報告がある11 17。乳癌家族素因が強い者は、必ず医師に相談すること。
  • 血中テストステロン・エストラジオール濃度を定期的に確定すること。原則として、その二つが成年女性としてホルモン濃度基準範囲に維持すること。エストラジオール欠乏の場合、GAHT の有効性が不足になる。一方、その二つの欠乏の場合、Hot flush、発汗や骨粗鬆症などの可能性が高くなる。

抗アンドロゲン剤について

通常、成人に対しエストラジオールとして低、中等的投与量のエストロゲンは、抗アンドロゲン剤1種類との併用が必要である1。併用しない場合、GAHT の効果は不足になる。なお、血中テストステロンを減少させるため、エストロゲンの大量投与も単独に行う(詳細は上記)。

MtF に対する抗アンドロゲン剤の種類

  • 下記は血中テストステロンを減少させる薬:
    • 酢酸シプロテロン 【アンドロキュア】
    • メドロキシプロゲステロン酢酸エステル 【マレフェ、プロベラ】
    • GnRH 類似体 <GnRHa>【レルミナ錠、スプレキュア点鼻液など、主に思春期ブロック療法を利用18
    • 大量投与されるエストロゲン
  • 下記はアンドロゲンと受容体との結合を阻害する薬:
    • スピロノラクトン 【アルダクトンA】
    • ビカルタミド 【カソデックス錠】

なお、その他のプロゲスチン系薬物、及びアンドロゲン受容体阻害系薬物は、抗アンドロゲン剤として利用可能である。ただし、MtF に対する臨床成績はほとんどなく、副作用も大きくなる恐れがあるので、慎重に使用すること5

抗アンドロゲン剤に関する一般的注意

  • 精巣摘出術が行われた場合、抗アンドロゲン剤の投与中止は可能である5
  • 血中テストステロン濃度は、成年女性としてホルモン濃度の生理的基準の範囲(0.05–0.55 ng/mL)に維持すること5 19。基準値未満になることは必要ではない。
  • 抗アンドロゲン剤による単剤療法は、血中テストステロン・エストラジオール濃度を低くなるので、長期的投与を遠慮すること。なお、二次性徴の進行の抑制(思春期ブロック療法)の場合、骨粗鬆症になる危険性が高くなるので、骨密度の検査を定期的に行うこと18
  • アンドロゲン受容体阻害系薬物を投与した場合、その効果は、血中ホルモン検査結果を示唆しない5 20。エストロゲンと併用した時、エストロゲンだけが血中テストステロン濃度を低下させることがあり、検査結果によってその薬剤の需要量を間接的に判断できる。

ゲスタゲン製剤について

  • MtF に対し、ゲスタゲン製剤は身体的変化を明らかにならなく、臨床試験がほとんど実施されていない1 2 5
  • 酢酸シプロテロンの長期投与により、髄膜・脳下垂体の腫瘍が発生したとの報告がある21 22
  • ゲスタゲン製剤の早期投与により、乳房の発達は不全になる恐れがある23

GAHT の効果の推定時刻

効果発生推定時刻完成推定時刻
乳房の発達3 − 6ヶ月2 − 3 年
体脂肪分布の変化3 − 6ヶ月2 − 5 年
筋肉量の減少3 − 6ヶ月1 − 2 年
皮脂の分泌量が低下し、
皮膚がきめ細やかになる
3 − 6ヶ月不明
体毛が減少し、柔らかくなる6 - 12ヶ月≥ 3 年
頭髪の増加、ハゲの改善1 − 3ヶ月1 − 2 年
勃起不全1 − 3ヶ月3 − 6ヶ月
精巣の萎縮3 − 6ヶ月2 − 3 年
性機能障害異なる異なる
造精機能喪失異なる異なる

GAHT に関する法律・法規・ガイドライン

GAHT に関連する文章・ウエブサイト


  1. Medical Care of Trans and Gender Diverse Adults, Fenway Institute, (2021). lgbtqiahealtheducation.org/publication/medical-care-of-trans-and-gender-diverse-adults-2021/ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  2. Coleman et al. ‘Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People, Version 8’ 2022, International Journal of Transgender Health, Vol 23, Suppl_1, S1–S259. doi.org/10.1080/26895269.2022.2100644 ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  3. Weinand et al. ‘Hormone therapy in transgender adults is safe with provider supervision; A review of hormone therapy sequelae for transgender individuals’ 2015, Journal of Clinical & Translational Endocrinology, Vol 2, 2, 55-60. doi.org/10.1016/j.jcte.2015.02.003 ↩︎

  4. Ainsworth et al. ‘Fertility Preservation for Transgender Individuals: A Review’ 2020, Mayo Clinic Proceedings, Vol 95, 4, 784–792. doi.org/10.1016/j.mayocp.2019.10.040 ↩︎ ↩︎

  5. Aly. ‘An Introduction to Hormone Therapy for Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2022). transfemscience.org/articles/transfem-intro/ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  6. Aly. ‘Sublingual Administration of Oral Estradiol Valerate Tablets for Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2019). transfemscience.org/articles/sublingual-ev/ ↩︎

  7. Aly. ‘Estrogens and Their Influences on Coagulation and Risk of Blood Clots’ Transfeminine Science, (2020). transfemscience.org/articles/estrogens-blood-clots/ ↩︎ ↩︎

  8. Nolan et al. ‘Relationship Between Serum Estradiol Concentrations and Clinical Outcomes in Transgender Individuals Undergoing Feminizing Hormone Therapy: A Narrative Review’ 2021, Transgender Health, Vol 6, 3, 125–131. doi.org/10.1089/trgh.2020.0077 ↩︎

  9. Aly. ‘A Review of Studies on Estradiol Levels and Testosterone Suppression with High-Dose Transdermal Estradiol Gel and Ointment in Cisgender Men with Prostate Cancer’ Transfeminine Science, (2019). transfemscience.org/articles/high-dose-transdermal-e2/ ↩︎ ↩︎

  10. Aly. ‘An Informal Meta-Analysis of Estradiol Curves with Injectable Estradiol Preparations’ Transfeminine Science, (2021). transfemscience.org/articles/injectable-e2-meta-analysis/ ↩︎

  11. ‘ESTRADERM® Prescribing Information & Patient Information’ Novartis, (2017). accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2012/019081s042lbl.pdf ↩︎ ↩︎

  12. Nishiyama. ‘Serum testosterone levels after medical or surgical androgen deprivation: A comprehensive review of the literature’ 2014, Urologic Oncology: Seminars and Original Investigations, Vol 32, 1, 38.e17–38.e28. doi.org/10.1016/j.urolonc.2013.03.007 ↩︎

  13. Yin et al. ‘Diethylstilbestrol, flutamide and their combination impaired the spermatogenesis of male adult zebrafish through disrupting HPG axis, meiosis and apoptosis’ 2017, Aquatic Toxicology, Vol 185, 4, 129–137. doi.org/10.1016/j.aquatox.2017.02.013 ↩︎

  14. Tsai et al. ‘Alteration of the hypothalamic-pituitary-gonadal axis in estrogen- and androgen-treated adult male leopard frog, Rana pipiens’ 2005, Reproductive Biology and Endocrinology, Vol 3, 2. doi.org/10.1186/1477-7827-3-2 ↩︎

  15. Cox et al. ‘Estrogens in the Treatment of Prostate Cancer’ 1995, The Journal of Urology, Vol 154, 6, 1991–1998. doi.org/10.1016/S0022-5347(01)66670-9 ↩︎

  16. Adeleye et al. ‘Semen Parameters Among Transgender Women With a History of Hormonal Treatment’ 2019, Urology, Vol 124, 136–141. doi.org/10.1016/j.urology.2018.10.005 ↩︎

  17. Aly. ‘Breast Cancer Risk with Hormone Therapy in Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2020). transfemscience.org/articles/breast-cancer/ ↩︎

  18. Mitzi. ‘Puberty Blockers: A Review of GnRH Analogues in Transgender Youth’ Transfeminine Science, (2022). transfemscience.org/articles/puberty-blockers/ ↩︎ ↩︎

  19. Endocrinology Expected Values and S.I. Unit Conversion Tables’ Esoterix/LabCorp, (2020). [PDF ファイル↩︎

  20. Aly. ‘A Review of Studies on Spironolactone and Testosterone Suppression in Cisgender Men, Cisgender Women, and Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2018). transfemscience.org/articles/spiro-testosterone/ ↩︎

  21. Aly. ‘Low Doses of Cyproterone Acetate Are Maximally Effective for Testosterone Suppression in Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2020). transfemscience.org/articles/cpa-dosage/ ↩︎

  22. Aly. ‘Recent Developments on Cyproterone Acetate and Meningioma Risk Out of France and Implications for Transfeminine People’ Transfeminine Science, (2020). transfemscience.org/articles/cpa-meningioma/ ↩︎

  23. Aly. ‘Considerations in Understanding the Possible Role and Influence of Progestogens in Terms of Breast Development’ Transfeminine Science, (2020). transfemscience.org/articles/progestogens-breast-dev/ ↩︎